歳月列車

米国での日常、そして、忘れえぬ日本の思い出

サントリー・サウンド・マーケット

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その昔、僕がまだ中学生だった1980年代、FM大阪で「サントリー・サウンド・マーケット」という番組が平日の午後10時から放送されていて、毎晩楽しみしていた。パーソナリティはシリア・ポール。40代も後半に突入したこの年になると午後10時にはもうぐったり疲れていて、ベッドに入って本を読んでいるとそのまま寝落ちしてしまうのが常だが、血気盛んな中学生だった当時の僕にとっては、10時なんて宵の口で、この番組を毎日欠かさず聴いて、その後、本を読んだり、城達也の「ジェットストリーム」を聴いて、さらに深夜ラジオを聴いたりしながら2時とか3時まで平気で夜ふかししてたのだから、やっぱり元気だったんでしょうな。

「サウンド・マーケット」は、僕がFMラジオなるものの存在(といっても、僕が当時住んでいた場所ではNHKと大阪の二局しかなかったが)を知って初めて傾倒した番組だった。シリア・ポールの涼し気な声といい、選曲といい、僕がそれまで聴いていたAM放送の番組と比べて、何ていうかとてもおしゃれで、高尚で、都会的で、洗練されたっぽい雰囲気を漂わせていて、外国や都会や大人の世界に対する僕の知的好奇心を真正面からぐいっと掴んでくる、そんな番組だった。あと、これは、FM全般に言えることだけど、AMと比べると音質が桁違いによくて、しかも、トークが少なく音楽中心なので、お気にいりの歌をカセットテープに録音して繰り返し聴くことができた。なけなしの小遣いを捻出してレコードを買っていた当時の僕には、これはとてもありがたかった。

僕は、中学に入ったあたりから、背伸びして徐々に「洋楽」なるものを意識して聴きはじめ、当時ダイヤモンド社から出ていた『FM ステーション』を買ったり友だちから借りたりして(あれは、確か200円ほどだったので、中学生でも買えたんです)、今どんな曲が流行ってるのか自分なりに探求していたが、「サウンド・マーケット」から流れてくる曲には、僕にとっては全く未知の60年代、70年代のロックやフォークも多く含まれていて、かなり衝撃的だった。当時は、マドンナやホイットニー・ヒューストン、ワム、ペット・ショップ・ボーイズなんかの全盛期。でも、僕はこういった同時代のポップスやダンスミュージックよりは、60・70年代のカウンターカルチャー的(当時はそんな言葉、まだ知らなかったが)な音楽の方により深い共感を覚えた。

例えば、アニマルズ、ジェリーとペースメイカーズ、ハーマンズ・ハーミッツなどのバンドについて知ったのは、「サウンド・マーケット」を通してだった。ブリティッシュ・ロックは、ビートルズとストーンズだけじゃない、実はとても奥が深いんだ、という当然のことをここで学んだ。

ある日、ピーター、ポール&マリーの「風に吹かれて」が流れてきたときは、マリーの透明感のある、それでいて力強いボーカルに鳥肌が立った。英語の歌詞は全く分からなかったが、とても哲学的で重厚な内容であることは直感的に理解した。一体PP&Mとは誰ぞやと思っても、当時はもちろんインターネットなんてないので、本屋へ行ってそれらしき雑誌やムックを参照し、それがボブ・ディランなる人による作詞作曲で、ベトナム戦争が激化する60年代のアメリカでは反戦フォークが興隆していたことなんかを知った。それからしばらく、僕は、60、70年代アメリカのフォークソングに強い興味を持ち、PP&Mとボブ・ディランだけではなく、ブラザーズ・フォー、キングストン・トリオ、ピート・シーガー、ジョーン・バエズなども開拓していくことになる。今でも、PP&MのCDを取り出してきて聴いてみることが年に一度くらいはある。「パフ」や「悲惨な戦争」、「500マイル」、「花はどこへ行った」なんかを聴いていると、多感で好奇心旺盛だった当時の自分を思い出してしまう。あの頃は、まさか自分が彼らの故郷であるアメリカに住むことになるとは想像もしていなかった。