歳月列車

米国での日常、そして、忘れえぬ日本の思い出

過ぎゆく夏、パシフィック・コースト・ハイウェイ

晩夏だ。神戸も大阪もまだまだ暑いようだが、僕の住むこの米国東部の街は、暑さが少しではあるが、やわらぎつつある。朝晩は20度を切ることもあって、これだけ涼しいと柴犬くんも元気で、機嫌よく散歩に行ってくれるので、こちらもうれしくなる。

6月に日本へ行ったとはいえ、7月と8月は普通に労働していて、しかもかなり忙しく、よって何か特別なことをしたわけではないので、夏が終わったからといって何かが劇的に変わることはない。だけど、夏が去っていくのはやはりどこか寂しい。いつもの日常が戻ってくることを悲しみ、夏の休暇の始めへ時計を巻き戻したいと願った少年の頃の記憶が、今でもしっかり残っているせいだろうか。

15年ほど前、まだサンディエゴに住んでいた時分、夏の終りのちょうどこの季節、相方と二人で北カリフォルニアはモントレーまでの往復ドライブをした。ロサンゼルスは二人とも大好きで、それまでにも何度も訪れていたが、カリフォルニアの北部はサンフランシスコ以外は行ったことがなかったので、ちょっと遅い夏の休暇を利用して、カリフォルニアをもっと探索してみようということになったのだ。

カリフォルニアは、全米50州の中では、アラスカ、テキサスに次ぐ第3位の面積を擁する巨大州だ。最南端のサンディエゴから北部のモントレーまでは片道700キロ以上、大阪からなら東京を通り過ぎて福島のいわきあたりまで行けてしまう距離だ。この行程を、途中いろんな場所で道草を食いながら、4日か5日かけて往復した。これは、車の運転が嫌いという、アメリカで生存していくに全くふさわしくない性質を有している僕がこれまでに経験した唯一の「ロードトリップ」だ。

結果として、この「ロードトリップ」はとても思い出深いものとなった。 南北カリフォルニアをつなぐ高速道路、いわゆる「パシフィック・コースト・ハイウェイ」は海岸線に沿って敷設されていて、そこでは、カリフォルニアの大自然がたっぷり堪能できる。朝方の濃い霧に包まれた砂浜、真っ青な空に下にそびえる断崖、太平洋の彼方に沈みゆくオレンジの太陽、もう、どれをとっても「絵になる」風景ばかりで、僕も相方も、美しきカリフォルニアにうっとり魅了されてしまった。

特にセントラルコーストの「ビッグサー」と呼ばれる地域は、海岸のすぐそばまで山が接近している景勝地で、今だ手つかずの自然が残っていた。そこで、色とりどりの花々の中をハチドリが飛び回るさまを見たときは、もし楽園というものをこの世に作るなら、これこそ格好の場所ではないだろうかと思った。

旅の最終日、サンディエゴに帰り着くちょっと手前、カールスバッドという海沿いの小さな町で車を止めた。家に帰っても冷蔵庫は空っぽなので、ここで夕食を済ませようと、僕たちのお気に入りのフィッシュタコスの店でテイクアウトして、日没どきの浜辺へと繰り出した。乾いた涼しい潮風に吹かれながら食べるフィッシュタコスは、夕日を浴びてオレンジに染まっていて、まるで初めて食べるごちそうのようだった。

僕は、仕事の関係でその数週間後から、東京に長期滞在することになっていた。カリフォルニアの海ともしばしのお別れやなと相方と話しながら、薄暮の迫る浜辺をそぞろ歩く人々を眺めていると、それまでの数年間のサンディエゴでの思いと思い出がどっと心に溢れてきてちょっと胸が熱くなった。カリフォルニアを去るのは名残惜しかったが、東京での生活は楽しみであったし、何より、夏の終わりのひと時をかくも美しい場所で過ごすことができたのはとても幸運であった。

あの夏のロードトリップは、今でもこの季節になるとしばしば思い出し、カリフォルニアのさらっとした空気の肌触りや潮風の匂いを懐かしんでいる。