歳月列車

米国での日常、そして、忘れえぬ日本の思い出

札幌の思い出

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北大キャンパス

6年ほど前まで札幌を訪れることが多かった。一回の滞在は短く、1週間ほど、長くても2週間だったが、それまでの7、8年は定期的に来札し仕事をこなしていた。はじめて札幌の地を踏んだのは、5月の連休の直後、空気の冷たさはまだ冬のそれで、当時住んでいたカリフォルニアの街では決して着ることのなかったコートが役に立った。

あれから、四つの季節すべてに来札する機会を得たが、個人的には、5月の終わりから6月にかけての初夏が最高だった。というのも、この季節は、大通公園や北大のキャンパスのライラックがちょうど見頃であったからだ。ライラックの優しく甘い香りは、色で言えば原色ではなく淡い中間色、ワインで言えばカリフォルニアものではなくフランスもの、映画作家で言えば黒澤明ではなく木下恵介のようで、つまり、激しく主張はしないが、すっと心に寄り添ってくれるような、目を閉じていつまでもかいでいたい香りだった。僕が札幌に通っていた頃は、精神的にちょっとキツイことが多く、未来に対して漠然とした不安を抱えていたときだったが、あのライラックの香りをかいでいると、そんな不安も束の間だけど忘れることができた。ライラックは、関西でも東京でも今僕の住んでいる米国の街でもあまり一般的ではないので、自分の中では「札幌=ライラック」という方程式が成り立っていて、一方を聞くともう一方を連想し、懐かしさに浸ってしまう。

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大通公園のライラック

札幌は、大通公園や北大キャンパスの他にも、適度に整備された自然が街中にあって散歩天国だった。円山公園や中島公園にもよく足を延ばした。地下鉄の円山公園駅あたりは住環境もよさそうで、もし札幌に住むならここか、という全く非現実的な空想を楽しんだりもした。

くたびれたときは、ミンガスコーヒーでよく休憩し、夜にまた出没してビールを飲んだりということもあった。コーヒーはもちろん、ミッドセンチュリーっぽい落ち着いたインテリア、心地よいジャズ、品の良い雑誌の数々など、ミンガスコーヒーのすべての要素が、ちょうど札幌のライラックのごとく、優しく静かに僕の心をときほぐしてくれ、これに関しては今でも深く感謝している。

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ミンガスコーヒー

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市電に乗るのも楽しかった