歳月列車

米国での日常、そして、忘れえぬ日本の思い出

続サンディエゴの思い出

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前回、渡米して最初に暮らした街サンディエゴについて書いたが、今日はその続き。彼の地には合計6 年ほど住んだのだが、今振り返ってみると、その6年間、あたかも同じ時間が何度も何度も繰り返し循環していたかのように、そこで経験した様々な出来事がごちゃまぜで蘇ってきて、それらを時系列に並べて整理することが難しい。これは、サンディエゴを含む南カリフォルニアの沿岸部が、極めて季節の変化の少ない土地であるということに、大いに関係していると思う。そこでは、大阪や東京の4月、5月ごろの爽やかな天気が来る日も来る日も、とこしえに続き、2月に木々が青々と茂っているかと思えば、8 月でも日陰に入るとひんやりしている。

多くの人にとって、記憶の中の出来事は、例えば、あの店で鍋焼きうどんを食べた日は確か小雪が降っていたなかとか、車窓から見た六甲山の新緑がきれいだったなとか、何らかの季節感と結びついていることが多いと思うが、サンディエゴにまつわる記憶の中にいる、今よりずっと若く健康的な僕は、いつもポロシャツの上に薄手の上着を着ていて代りばえがしない。もちろん、そこでの6年という年月で、僕の人生は大きく変化し、つらいこと、くやしいことも随分あったが、サンディエゴの常春の陽気が、そういった負の感情を中和し、まるで、とろ〜んとした甘美な夢の中に6年間いたような不思議な幻想に僕をおとしいれる。

このような幻想的な記憶の重要な部分を占めているのが、当時我々の住んでいたヒルクレスト(Hillcrest)という界隈だ。ここは、サンディエゴの中心部から数キロ北へ行ったところにある、丘の上の町だ。我々が渡米を準備していた頃は、ネット及び紙の媒体で得られるサンディエゴ情報は驚くほど限られていて、ヒルクレストについて知ったのは、かつて大阪で仕事をしていて、サンディエゴに引っ越した友人がそこに住んでいたという偶然を通じてだった。

ヒルクレストは、全米でも有数のゲイ・タウンなのだが、ゲイやレズビアンだけではなく、芸術家やらヒッピーやらサーファーやら僕のような外国人やら年金生活者やら何を生業としているのか全く不明の人々やら、とにかく多様な社会的バックグラウンドを持った人々が暮らす、いい意味でカリフォルニア的混沌さを体現する町だった。近所の人や懇意になった人たちと話しても、生粋のカリフォルニアっ子は実に稀で、多くが、どこか他の州、あるいは海外から越してきた人々で、そういった意味では、僕のようなよそ者にとても親切で寛容な場所だった。

こういった人々が思い思いの格好をして、カフェで何時間もうだうだしていたり、バーで昼間からビールを飲んでいたり、公園で昼寝していたりして、そこでは時間の流れがとてもゆるやかに感じられた。僕は、渡米する直前までは、ネクタイを締めて、朝7時半頃に摂津本山のアパートを出て、JRか阪急のそれなりに混んだ電車で(といっても、御堂筋線や東京の田園都市線などとは決して比較できるほどではなかったですが)大阪へ通勤するという、至って一般的な勤め人生活をしていたので、サンディエゴのゆるさにはかなり驚かさ、しかし、すぐにそういった生活に溶け込み、カリフォルニアに流れてきた多くの人々の一人になっていった。

もちろん、僕は、神戸も大阪も東京も大好きで今でも常に思い慕っているが(それだからこそ、こんなブログを書いているわけで)、サンディエゴでの暮らしは、自分の知っている世界を相対化するのに大いに役立ち、それを通じて、僕は、自分とは全く異なる価値観や生き方の人々へ想像力を巡らすことを学んだように思う。

アメリカで最初に暮らしたのがカリフォルニアだったことは、僕にとってとても幸せなことだった。その後、僕は、仕事の関係で、カリフォルニアから遠く離れた小さな田舎町へ越さざるを得ず、そこでは、大いなる敗北と挫折を味わい、健康も害してしまったのだが、そこでアメリカを憎み、やさぐれて日本へ帰国するという選択をせずにすんだのは、ひとえにサンディエゴの思い出があったからだと思う。サンディエゴの優しい日差しと陽気な人々を思うと、困難のさなかにあっても、これが永遠に続くわけないよな、とちょっと楽天的になることができた。

いつかはまたカリフォルニアに住みたいと思うこともあるのだが、その後の異常な物価上昇を思うと(現在、サンディエゴの住宅販売価格の中央値は1億円を超えています)、それは、決してたどり着くことのない蜃気楼のような夢として終わることはほぼ確実だ。

そうそう、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」は、寒く暗い冬の日、はるか遠いカリフォルニア(サンディエゴではなくロサンゼルスですけど)を懐かしむ、という歌詞だが、その気持ちよくわかる。